はじめに
「うちの商談は、だいたい1週間くらいでまとまる」「リピートのお客様は結構多い方だと思う」。 中小事業者の受注実態は、こういう肌感覚で語られることが多いです。長く現場に立っている人ほど、この肌感覚は精度が高いという実感もあると思います。
ただ、肌感覚には二つの弱点があります。ひとつは、声が大きかった案件・直近で強く印象に残った案件に引っ張られやすいこと。もうひとつは、他人に説明するときに再現できないことです。「だいたい1週間」は自分の中では確信でも、金融機関やパートナーに説明するときには「感覚」以上のものになりません。
この記事では、筆者が自分の受注履歴154件を構造化して見えたことを題材に、自社の商談・受注データを数字にすると経営判断はどう変わるかという一般化した話を書きます。ここでの主眼は個々の数値そのものではなく、どの指標を見れば意思決定が変わるかという視点です。
「だいたい」を数字にすると変わること
肌感覚と実データの間には、たいてい小さくないズレがあります。例えば「対応が長引くお客様が多い気がする」という印象は、実際には一部の難しい案件が記憶に残りやすいだけで、全体の平均を見ると印象より短いということがよくあります。逆に「うちはリピートが多い」という自己評価が、数えてみると実は3割程度だった、ということもあります。
数字にする最大の効果は、この印象と実態のズレを埋められることです。ズレが埋まると、次の3つができるようになります。
- 比較ができる。 先月と今月、A商品とB商品、法人顧客と個人顧客を同じ物差しで比べられる。
- トレンドが追える。 「最近対応が重い」が感覚ではなく、平均メッセージ数の推移として確認できる。
- 異常が検知できる。 いつもと違う動きをしている案件を、感覚に頼らず拾い上げられる。
逆に言えば、数字にしないままだと、この3つはすべて「なんとなく」の域を出ません。事業の規模が小さいうちは感覚でも回りますが、案件数が増え、担当者が自分ひとりでなくなった瞬間に、感覚だけでの運用は破綻しやすくなります。
154件のデータが語っていたこと
筆者は7年間で154件の取引を行い、取引履歴を全件構造化しました。見えた基本指標は次のとおりです。
| 指標 | 値 |
|---|---|
| 取引総数 | 154件 |
| ユニーク顧客 | 98社 |
| 法人比率 | 33.8% |
| 平均取引期間 | 9.4日 |
| 1案件あたりの平均メッセージ数 | 13.3通 |
| リピート受注 | 56件(36.4%) |
| 完了率 | 98.0%(151件) |
| キャンセル | 2件(1.3%) |
数字自体は、業種や単価が違えば当然変わります。重要なのはここから先の解釈で、それぞれの数字が経営判断にどうつながるかという読み方の部分です。
「平均13.3通」は、1案件あたりに交わしたメッセージの量です。自動挨拶のような定型メッセージも含むので、そのまま工数と読み替えることはできませんが、対応のおおよその重さを掴む目安にはなります。これが分かると、新規案件を受けるときに「この規模ならやり取りは何通くらいで、実働はどれくらいか」という見積もりの精度が上がります。逆にこの数字を持たないまま案件を積み増すと、対応工数を過小評価して現場が詰まる、という事態が起きやすくなります。
「平均9.4日」はリードタイムの基準値です。基準値があると、それより明らかに長引いている案件を「異常」として早期に拾えます。基準がなければ、長引いていること自体に気づくのが遅れます。
「リピート率36.4%」は関係構築型の事業かどうかを判定する指標です。単発の見込み客獲得に投資を集中すべきか、既存顧客のフォローに投資を振るべきかは、この数字次第で優先順位が変わります。
見るべきは「売上」ではなく「案件が止まる場所」
経営指標というと真っ先に売上を見がちですが、売上だけを追っていると「なぜその売上になったか」が分かりません。154件のうち完了は151件、キャンセルは2件、取引中が1件でした。完了率98%は数字だけ見れば良好ですが、重要なのはキャンセルになった2件がどこで止まったかという中身です。
筆者の場合、キャンセルに至った2件を振り返ると、どちらも初回のヒアリングで要件を詰めきれないまま着手していたのではないか、という仮説が立ちました。母数が2件では断定はできません。ただ、仮説として持てるだけでも「初回ヒアリングの精度を上げる」という次の一手につながります。売上の増減だけを見ていたら、この仮説自体が立ちません。
これは事業規模が大きくなるほど効いてくる視点です。受注件数が伸びると、失注やキャンセルの絶対数も増えます。そのときに「どのフェーズで止まっているか」をステータス単位で追える体制があるかどうかが、改善のスピードを大きく左右します。売上は結果指標であり、案件が止まる場所は原因指標です。経営判断に使えるのは、圧倒的に後者です。
自社データでやるなら、最低限そろえる項目
自社の受注・商談データを同じように構造化するとき、最初から高度な分析基盤は不要です。最低限、次の項目が案件単位で揃っていれば、上で挙げたような指標はほぼ作れます。
- 案件ID(重複なく一意に識別できるもの)
- 顧客ID・顧客区分(法人/個人、可能なら業種)
- 案件開始日
- 完了日またはキャンセル日
- 現在のステータス(進行中/完了/キャンセルなど)
- やり取りの回数(メール・チャット・電話メモの件数)
- リピートかどうか(同一顧客の過去取引有無)
この7項目があれば、メッセージ数の分布、所要日数の分布、リピート率、ステータス別の滞留状況まで一通り出せます。件数が数十件程度であればスプレッドシートで十分に始められます。まず何を揃えるかだけ相談したいという規模であれば、スポット相談で足ります。案件数が増えて手作業の集計が追いつかなくなったタイミングで、データ基盤の構築のようなかたちで自動集計に載せ替えるのが現実的な順番です。最初からツールを揃えることより、まず項目を揃えて数値化する習慣を作ることの方が効きます。
まとめ
「うちの商談はだいたいこう」という肌感覚は、長年の経験に裏打ちされた貴重な情報です。ただし、それを他人に説明できる形にし、異常や改善点を早期に拾い上げるには、数字にする作業が必要です。154件のデータが教えてくれたのは、平均13.3通や平均9.4日といった個々の数字そのものより、どの指標を見れば「次に何をすべきか」が決まるかという視点でした。
自社の受注データを数字にしてみたい、あるいはどの項目から手をつければよいか相談したいという場合は、お問い合わせからご連絡ください。