はじめに:予測分析を見送ってきた理由

「チャーン(解約)しそうな顧客を先に見つけたい」「来月の需要をもう少し正確に見積もりたい」。こうした相談は多いのですが、実際に着手するとなると腰が重くなる会社がほとんどです。理由ははっきりしていて、機械学習モデルを訓練するには、それなりのデータ量と、パラメータ調整の試行錯誤と、それを扱える人手が要るからです。試しに1つ作ってみるだけでも、相応の工数がかかっていました。

この「試すコスト」の高さが、予測分析への着手をためらわせる最大の壁でした。ところが2026年9月1日、Google Cloudがこの前提を変える発表をしています。BigQueryに追加された新機能「TabFM」と、それを呼び出すAI.PREDICT関数です。本記事では、何が変わったのか、そしてこれを受けて経営としてどう動くべきかを整理します。

TabFMとAI.PREDICTで何が変わったのか

Google Cloud公式ブログ「Introducing TabFM in BigQuery: Predictive analytics reimagined」(2026年9月1日付)によると、TabFMはGoogle Researchが開発した、表形式データ向けの事前学習済み基盤モデルです。ポイントは「事前学習済み」という部分で、自社のデータでゼロからモデルを訓練する必要がなく、ゼロショット予測(訓練やデプロイの工程を丸ごとスキップできる予測)が可能になっています。

使い方はSQL一文です。過去の実績データが入ったテーブルと、予測したい対象のテーブルを渡すだけで、予測結果が返ってきます。

SELECT * FROM AI.PREDICT(
  TABLE `my_project.my_dataset.historical_transactions`,
  TABLE `my_project.my_dataset.new_transactions`,
  label_col => 'is_fraud'
);

CREATE MODELも、学習用のチューニングも、モデルのデプロイ作業も出てきません。同ブログによれば、欠損値の処理やカテゴリ変数のエンコーディング(文字情報を数値に変換する前処理)も自動で行われ、TabArenaという評価基準(ベンチマーク)では従来型のモデルを上回る性能を示したとされています。数百万行規模のデータでも、推論(予測の実行)は数分で完了するとのことです。

なお、BigQueryにおけるTabFMは現時点ではプレビュー提供です(公式ブログに明記)。料金体系や対応リージョンなど、運用上の細かい条件までは公式ブログの範囲では詳しく書かれていません。実際に使う際は、必ず公式ドキュメントで最新の提供条件を確認してください。

これまで紹介してきた「訓練型」との違い

当サイトではこれまで、BigQuery MLで需要予測や購買予測モデルを訓練する手順を何度か取り上げてきました。たとえばBigQuery MLの需要予測でEC仕入れ量を最適化する実装手順では、CREATE MODELで自社の販売データを学習させ、モデルの精度を確認しながら発注量の最適化につなげる流れを解説しています。

この「訓練型」のアプローチは、自社のデータの癖にモデルを合わせ込める分、精度を追い込みやすいという利点があります。一方で、モデルを1本作るたびに、学習データの準備・CREATE MODELの実行・評価・パラメータの調整というサイクルを回す必要があり、それなりの工数がかかっていました。

TabFMとAI.PREDICTは、この工数のうち「訓練」の工程をまるごと省略できる、という点が最大の違いです。裏を返せば、これまで紹介してきた訓練型モデルの手順が不要になったわけではありません。事前学習済みモデルによる予測は「まず試してみる」段階の負担を大きく下げるものであり、自社のデータに特化した精度を突き詰めたい本番運用の局面では、引き続き訓練型モデルとの比較検討が要ります。

経営として何が変わるのか

一番の変化は、予測分析を「試すコスト」が大きく下がったことです。これまでは、チャーン予測や需要予測のアイデアがあっても、「モデルを訓練するのに人と時間がかかるから」という理由で見送られてきた案件が、社内にいくつも眠っているのではないでしょうか。TabFMを使えば、SQLを書ける担当者が、既存のBigQueryテーブルに対してAI.PREDICTを1回実行するだけで、まずその予測がどの程度使えそうかを確認できます。

ここで経営として押さえておきたいのは、次の3点です。

  1. 着手のハードルが下がったのは「試作」の段階です。実際にチャーン予測や需要予測を業務に組み込むかどうかは、予測精度が業務判断に耐えるかを見てから決めるべきで、SQL一文が動いたことと「本番導入できる」ことは別の話です。
  2. 訓練型モデルとの精度比較は依然として必要です。TabFMは汎用的な事前学習済みモデルである以上、自社データに特化して訓練したモデルのほうが精度で上回る場面は十分にあり得ます。まずTabFMで試作し、業務価値がありそうなら訓練型モデルとの比較に進む、という2段階の意思決定が現実的です。
  3. 見送ってきた予測分析の棚卸しをするタイミングです。「工数がかかるから」という理由で止まっていた案件があるなら、試作コストが下がった今こそ、その理由が今も成立するかを確認する好機です。

過度な期待は禁物です。同ブログの発表内容も「訓練不要になった」という工程の話であって、「何でも高精度に当ててくれる魔法」ではありません。予測は判断の補助線であるという原則は、TabFMを使っても変わりません。

まとめ

BigQueryのTabFMとAI.PREDICTは、予測分析における「訓練」という最も重い工程を省略できる新機能です。これにより、これまで工数を理由に見送ってきたチャーン予測・需要予測の試作コストは大きく下がりました。一方で、本番運用に耐える精度を求める局面では、これまで解説してきたCREATE MODELによる訓練型モデルとの比較検討が引き続き必要になります。

まずは、社内で「工数がかかるから」と止まっていた予測分析のアイデアを1つ思い出し、手元のBigQueryデータでAI.PREDICTを試してみるところから始めてみてください。どのデータをどう組み合わせれば業務に使える予測になるか、あるいは訓練型モデルとどちらが自社に合うかの見極めは、データ基盤の設計自体が絡む話です。この判断も含めて相談したい場合は、BigQueryデータ基盤構築サービスで対応しています。まずは現状を話してみたいという方は、お問い合わせからご連絡ください。